3月3日に運慶仏のご開帳があるんだけど見に行かないか
2月末の土曜日の朝、界からのラインが入った。
無理だよ。期末試験の直前じゃない。それに3日は木曜日でしょ。学校あるもの。デート禁止だって言われたばかりで、親の言うことを無視するのも何だしね
だりあは、すぐに返信した。
一昨日の朝学校に遅刻してしまった。そのことで母から注意されたばかりだった。母にしては珍しい剣幕だった。
「このごろ界君とのデートで忙しそうだけど、そんなに遊んでいられる時期じゃないでしょ。おまけに遅刻だなんて恥ずかしいったらありゃしない。お父さんがたるんでいると言うのも当然よね。当分デートは禁止。わかったわね」
悪かったな。俺のせいで遅刻させちゃったからな
そんなことないけど、親って面倒くさい
ラインはチャット状態になっていて、すぐに界からのレスポンスが何か入るはずなのに返ってこない。悠吾から首を絞められたことをまだ引きずっているらしい。だりあは、改めて学校の時間割を確かめてみた。3日はテスト準備で、午前中だけの短縮授業になっていた。
ラッキー、短縮授業だった。午後なら大丈夫。会えるよ
いいのか
いいのよ
だりあは、ラインの画面を見てにっとほほえんだ。筋肉もりもりのマッチョマンのスタンプが送られてきた。運慶仏だよ、とある。何となく元気になった感じ。だりあは一昨日の朝の出来事を思い返した。
登校のために家を出たばかりの時、界の家の方から喧嘩のような大きな声がきこえてきたのだった。不安になって界の家の方に足を向けた。ショルダーバッグの肩掛けをきつく握って界の家の玄関前にたたずんでいた。「痛いよ」という界の悲鳴が聞こえてきたので、たまらず玄関のチャイムを押した。はらはらしていると玄関から悠吾が出てきた。何か声をかけられたが聞こえなかった。だりあの体を突き飛ばすような勢いですれちがった。
スーツケースを片手に持ちながらコートをはおる悠吾の後ろ姿をだりあは見つめた。荒々しく袖を通し、コートを締めながら歩き去っていった。
だりあは玄関に入った。
「界、界」と呼んだ。
廊下を右往左往していると、廊下の奥の部屋のドアが開いた。
「だりあ?」
界は、だりあがそこにいるのが不思議そうに言った。
「ちょとリビングで待って。すぐそっちに行くから」
界は部屋の奥に戻ってドアを閉めた。
だりあは制服で界の家の廊下にいる自分がいかにも場違いな感じがした。その感じはリビングに入っても同じだった。普段着でなら半分自分の家のように慣れている部屋が急によそよそしく感じられた。界と悠吾だけの秘密の中に紛れ込んだように感じた。何が起こったのかを界に確かめなければならないと思ったが、界はなかなか姿を現さない。10分ほど待ってようやくリビングのドアが開き、界が入ってきた。
「大丈夫?」
だりあは待たされて少し苛々していた。それが界を咎める口調になっていた。
界の様子も変だった。悠吾の部屋で箸箱を探していたのを見つけられて締め上げられたんだと淡々と説明したことはしたのだが、話をしているときの目つきが俯きかげんで、視線が定まっていなかった。実感がないことを言葉にしているようだった。
「ごめん。心配させたな」
界の力のない言葉を聞くと、だりあの苛立ちはそこにはいない悠吾に向った。
「ひどいよ。界に暴力をふるうなんて許せない。抵抗しない界を一方的にいじめたんでしょ。卑怯だわよ。そんなこと」
だりあの目に血が上り、怒りで顔がゆがんだ。
「まあ、こっちにも落ち度はあるからな」
「そんなこと関係ない。子供は親の言うことを何でもしたがわなきゃいけないの。親の秘密は許されて、子供の秘密は許されないの。そんなの変。親が稼いで子供を養うのは当たり前じゃないの。カラスだって猫だってやっていることじゃない。それを恩着せがましく言われる筋合いはない。そうでしょ」
界は微笑みながらだりあの肩に片手を置いた。
「あまりそう怒るなよ。だりあからも叱られている気分だ」
だりあの目が界の顔を見上げた。疑わしそうに、悔しそうに。そして恥ずかしそうな笑みが頬を痙攣させた。ふと目を伏せた途端、だりあは立ち上がった。
「あー遅刻だ」
逗子駅東口の改札で界は待っていた。小さな花束を片手に下げていた。ロータリーのバス乗り場にはすでに浄楽寺のご開帳目当ての人の列ができていてその後ろに二人は並んだ。
高校から直行しただりあは昼を食べる時間もなかったので途中のコンビニでサンドイッチとジュースを買って来ていた。だりあはサンドイッチを食べられるような場所を探したが、どこにもゆっくりできる場所が見つからない。バス乗り場のベンチは空いていたが、すぐ横には乗客の列ができているので周りから見られそうだ。やだなと思ったけど空きっ腹よりはいい。だりあは界に「ごめん」と言って鞄を預け、ベンチの端に座ってひとりサンドイッチを食べ始めた。界がおもしろそうに眺めているので、だりあはロータリーの方向に膝を向けた。こうすれば少なくとも界と視線を合わせることは避けることができる。
空気は冷えていたが、春の陽がロータリーの上から降り注いでいた。ロータリーの左手に道が延びていて駅前商店街になっている。小さな店ばかりだが、どことなく海浜のリゾート地らしい明るさを感じる。だりあは目を細めて商店街を行き来する人たちを見つめながらサンドイッチを食んだ。ツナマヨネーズの汁が口に広がった。だりあは未織のことを思い浮かべた。未織が育って今も変わらず住んでいる町がここなんだ。そんな思いで周りを見渡すと懐かしいような気分になってくる。未織と知り合ったのは去年の12月。たった3ヶ月しか経っていないのに、年の離れた友達のような存在になっているのが不思議だった。おなかが満足すると気分も明るくなった。ストローでジュースをすすり口の中もさっぱりした。だりあは列に戻った。
「ありがと」
そう言って界に預けていたショルダーバッグを受け取った。
「ねえ、この間から考えていたんだけど子供ってやっぱり無力。役立たずだよね。親から理不尽なことを言われても反撃できないものね。食べさせてもらっているのは事実だもの。そこで役に立つってどういうことって思ったわけ」
「へーそんなこと考えていたの。そんなこと考えていたんじゃ期末テストの勉強できないんじゃないの」
「うちのお母さんみたいなこと言わないでよ。私の勉強は勉強じゃないって言うの。ただぼんやりしているだけだって。そうじゃないのよ。一生懸命考えているのに。界がお父さんから言われた言葉。自分が言われたとしたらどうするだろうと考えていた」
界の目のまわりに浮かんでいた明るいからかいの笑みがふっと消えるのをだりあは見逃さなかった。
「界も私も社会の役に立っていない。職業を持っていないということではないの。私ね、役に立つ人って誰かの道具になっている人だと思うの」
「だりあは人間まで道具にしちゃうのかい」
界が呆れたように笑った。
「聞いて。職業を持っている人はみんな誰かのためになるように働いているでしょ。うちのお母さんは専業主婦だけどお父さんや私のために働いている。これから乗るバスの運転手さんも私の便宜のために私の道具となって働いている。でも、今の私は誰かの役に立っていない。道具になっていないでしょ。でもお父さんもお母さんも私にとっては育つための道具なの。そのお父さんが私を食べさせるのが嫌だというなら、私にとってお父さんは役に立たないものなの。もともと私はお父さんの役に立っていないし、お互いに役に立たない関係って何? 関係って言える? 野生の動物ならどうするだろうと思うと、親離れしなきゃならない時期なんだと思う。あーでも安楽な今の暮らしから抜けでる勇気がないよね。親も無理に独立しろとは言わないし。当分は猫かぶっているしかないのかな」
だりあが夢中になって話していると、巡回バスが乗車地点にすっと入ってきた。前に並んでいた人からバスの乗車口のステップを踏んでいく。ご開帳目当ての年輩の客が多いので、シートに座る人が多い。二人が乗車したときには、空きシートはなかった。
バスが発車した。バスはロータリーを半周し駅前通りの混雑に入っていった。だりあと界は吊革につかまっていた。だりあが外を見ているとおしゃれな店が並んでいる。スイーツの店、マリンスポーツの店、シックなドアの店はバーのようだ。ネオンサインは消えている。
バスは混んでいるうえに揺れが大きかった。界は持っていた花束を胸に抱えて守ろうとしていた。だりあはさっき改札口に立っている界を見たとき、胸が締め付けられたことを思い出した。界が自分のために花束を持っていると一瞬思ってしまったのだった。でもすぐにそれが亡き母のためのものだと気がついた。供花の花束はだりあの顔の前でうすい香りを放っていた。界の母への思慕そのもののように。
バスは葉山の御用邸前で道を左に折れた。道はトンネルに入ったりアップダウンを繰り返した。小学校前の停留所で二三人が下り、また数人が乗ってきた。バスの左手の窓からはグラウンドとその奥に校舎が見えた。歴史が感じられる小学校だった。だりあは、未織もここに通っていたのだろうと思いながらグラウンドを駆け回っている子供たちの姿を見ていた。
バスの右手に相模湾が広がってきた。太陽は柔らかい光を海面にばらまいていた。江ノ島が青い影となり、その彼方に伊豆半島の付け根がぼんやり見えた。半島の稜線は横たわる雲の列に隠れていた。厚い雲の上辺だけが光っていた。富士は雲の光のなかにあって見えなかった。
バスに乗って20分ほどで浄楽寺の停留所に着いた。バスの乗客の半分以上がここで下りた。
バス停に下りるとすぐ近く石柱があり参道となる。界はバスから降りた人たちの流れにのまれるように足を運んでいく。界にとっては慣れ親しんだ場所なのだろうが、だりあにとっては初めてのところ。だりあはきょろきょろあたりを見回しながら界のあとを追った。コンクリートの参道は日差しを白く反射していた。そこをデイバッグを背負った人、ハンチングをかぶった人、マフラーを回した人、ダウンでしっかり防寒している人もいればTシャツから太い二の腕をだしている若者まで様々な格好の参拝客が行き来していた。
左手に墓所があり、墓石がたくさん並んでいる。その一角に石を積み上げた塔が建っている。よく見るとそれは古い墓石を集めて作ってある。無縁となった墓石を捨てるのではなく何らかの形で残そうとしてこの塔にしているらしい。そしてそのすぐ横には真新しい釈迦の石仏が蓮台の上に座っていた。歴史の古さとともに今も支援者がしっかりいることを感じさせた。だりあは再び正面を向き直った。
正面の本堂は大きなものではない。運慶仏を5体も有している由緒ある古刹にしては質素な造りなのだ。浄財箱の前に「浄楽寺拝観記念」と書かれた膝丈ほどの看板が据えられていて、参拝者が代わる代わるその看板を前に記念撮影をしていた。
本堂に参拝した後、本堂裏にある運慶仏の収蔵庫に向かった。本堂を右手に進み堂を迂回する坂道がある。細い道なのですれ違うには一列にならなければならない。だりあは界の後ろをついて行った。
開帳された収蔵庫は人だかりだった。5段ほどの広い石段があり、これから拝観しようとする人と拝観を終えた人が余裕ですれ違えるようになっている。ただこのときは収蔵庫の内側に入りきれない人が外まであふれていて混雑していた。
二人は5分程外で待ってようやく収蔵庫内に入ることができた。だりあは正面の黄金色の仏像3体に目を奪われた。特に真ん中の阿弥陀如来座像の迫力に驚かされた。やさしい顔立ちから首と胸に漂う豊かなボリュームと肌の肉感。それはほとんどエロチックなほどだ。そして金色の光背の大きさは天井に届きそうなほど高い。蓮の台座にはえた大きな羽を左右に広げ、そのまま上に伸ばしてぴたりと合わせたような形をしている。
如来の両側に置かれた観音菩薩と勢至菩薩の立像は、如来を中心にしてほとんどシンメトリーになっている。蓮の長い茎らしきものを支える手つきが左右逆になっているだけのように一見見える。ただよく見ていると、おなかから腰のあたりの曲線に違いがあり、勢至菩薩のほうがより扇情的で観音菩薩が慎ましく見える。ただどちらにしても薄衣をまとっているだけで若々しい肉体の曲線が露わだ。
だりあの心臓がごとりと鳴った。だりあは一瞬自分が阿弥陀如来の胸に抱かれる夢を見たような気がした。そして仏像がこれほどエロチックでいいのだろうかと思った。昔の人たちもだりあと同じ気持ちでこの像を見上げたしたら、それは宗教の教えとは違うものではないかと思った。だりあは建立以来800年もの間この像を見上げてきた人たちの視線が像の顔、胸、おなか、太股に張り付いているように感じられた。
界が隣に立って瞑目し合掌している。だりあも同じように手を合わせた。界が「南無阿弥陀仏」と低く唱えた。だりあは黙ったままだった。神も仏も信じていない自分が拝んだりするのは変だとは思うが、どうせ真似なのだから自分を偽っているわけではないという言い訳が頭をよぎった。
界の腕がだりあの腕を押した。顔を近づけて小声で言った。
「右側のあの不動明王は怒ったときのだりあに似ていないか?」
不動明王立像は感情表現が大胆だった。目の位置や大きさ、鼻や口の形が左右ばらばら。そのねじれにねじれた表情を下から支えているのが首、肩、胸の膨らみ。そこに押さえられない怒りの圧力がある。
「似ているかもしれない」
だりあはそう言って界の足を踏んづけた。
5体の仏像のなかでだりあがいちばん気に入ったのは、左端にあった毘沙門天立像だった。右手に宝棒、左手に宝塔を持ち。邪鬼の上に軽々と乗っている。大きく見開かれた眼球が生々しい。その頭部を囲むように炎をあしらった輪光が肩の後ろから生えている。両腕にまといつく長い袖の奔放なやわらかさに対し胸から腹、腹から腰にまとった鎧の堅さがが目を引く。しかも鎧は堅いながらも重心のかかった左腰の張りをみごとに表現している。体重をかけた左足は腰から真っ直ぐに下りて鬼の尻をひしゃげさせ、膝を軽く持ち上げた右足は足裏で鬼の頭を押さえつけている。毘沙門天はアニメのキャラクターのように格好いいとだりあは思った。
参詣の列の動きのままに二人は収蔵庫の外に押し出された。階段を下ると参詣者は左に曲がり先ほど上ってきた本堂横の道を下りて行ったが、界とだりあは右に曲がった。そこに坂の続きがあった。坂の上と坂の左手が墓所になっている。坂の上は木立に囲まれており、いちばん高いところに小さな銅像をのせたお墓が見えた。
界は坂を上らずに左に折れた。その先に手水舎があった。いくつも並べてある手桶の中からひとつ取り出して水を汲んだ。
「母の墓はあそこなんだ」
界が傾斜地に重なるように立っている多くの墓石の一つを指さした。そこに行くには元の坂道まで戻る必要があった。
坂を数段上って左に折れ他家の墓石の前をいくつか通り抜けた。
『南無阿弥陀仏』と彫られた墓石は並んでいる他の墓に比べて新しい。墓の花立てにはまだ生気のある花が供えてあった。
「ここだよ。……親父が来たばかりらしい」
界はそう言って手桶から柄杓で水をすくい墓石にかけた。
「親父の花はそのままにして置こうか。まだ新しいし」
界にそう言われて、だりあは首を縦にした。
界はしゃがんで持参した花束の包装をはがした。そしてもう一つの花立てにそれを挿し、掌を合わせた。
「線香も蝋燭も持ってこなかったけど許してね。そのかわり、だりあが一緒だよ」
だりあもしゃがんで掌を合わせた。界がどういうつもりで自分を誘ったのだろう。だりあは目をつむりながらそう考えた。運慶仏を見せるためなのか。それとも母に自分の彼女を報告したかったのだろうか。だりあの頬が熱くなった。
「南無阿弥陀仏」
界がまた念仏を唱えた。
しばらくして界が立ち上がったので、だりあも立った。振り返ると左手に収蔵庫、すぐ下には本堂裏の林が茂っていて右手に近在の家々の屋根が低く連なっていた。その連なりの先に海があるはずだが、周りの木立が視界を遮っていた。二人はその見晴らしのいい風景に目を遊ばせていた。
「連れてきてくれてありがとう。お母さんにお参りができてうれしかった」
「うん。だりあに見せたかったんだ。ここが好きなんだ。運慶仏をまつったこのささやかなお寺を守るためにどれほどの人たちが汗水流したんだろう。鎌倉時代からだからいろんな格好をした人たちがいたんだろうな。ここにいると、お母さんはそんな人たちの思いに守られているような気がする」
界は片手でだりあの肩を少し引き寄せて言った。
「だりあに一言言いたいことがある。それはうちの親父も母さんも俺の道具じゃないってことだ」
界の語気には珍しく怒りがにじんでいた。
だりあは界の顔を見返した。
「えっ、何、今なんでそれを言うの?」
だりあは界の手を肩から振り払うと、眉間を怒らせて界の顔を見上げた。
「私が言ったのは議論のための一つの提言なのに、お母さんのお墓の前で私に怒るなんて変じゃない。私の意見に反対だったらその時言えばいいでしょう。不愉快だったら不愉快だって言えばいいのに、どうしてその時言わないで今頃になって言うのよ。せっかく運慶仏を見て楽しい気分になっていたのに、せっかくお母さんにお参りができてうれしかったのに、なんでぶちこわすの」
界はだりあから目をそらして、ぼそり呟いた。
「そんなつもりはない」
「じゃあ、なぜお母さんの墓前で言うの。私が罰当たりなことを言ったんで、責めているんでしょ」
「違うよ。うちの母さんは9年前に亡くなったけれども母親としてはずっと変わらない。それを分かってもらいたかった」
界は言葉を切った。そして、もう一度墓に向き直った。
「以前も言ったけど、母さんが事故に遭ったときの悲鳴がずっと耳に残っていた。カウンセラーに通ったけど全く直ったわけではなくて、自分でもいろいろ試みた。別の音を耳に流せば聞こえなくなるかと思って音楽を聞いたりしたけどやっぱりだめで、一番効果があったのが念仏を唱えること。眠れない夜は布団のなかで南無阿弥陀仏と声に出していうんだ。その自分の声に耳を集中させていると他は聞こえない。それでも聞こえそうになったらもっと一生懸命にお祈りをする。すると母さんとこうして向き合っていると思えるんだ。それはずっと変わらない。親父も多分それは同じで、だから毎月お参りに来ている。母さんは亡くなったけれども今でも家族の中心にいるんだ」
「界の言うことは分かるような気もする。でも、気もするだけであってやっぱり分からない。もともと私、神とか仏は苦手なの。死後の世界なんて誰も分からないはずなのに、浄土があるとか天国や地獄があるとか。そんなの本当に信じている人なんているの? いないでしょ? 運慶仏だって芸術だから感動するけど、そうじゃないならただの木の像じゃない。それをありがたく拝むなんて馬鹿げている。お母さんへの界の気持ちは分かるけど、それは気持ちだけであって、それとは別にお母さんが亡くなったという現実を受け入れなきゃいけないと思うのよ」
「だりあに言われなくとも、母さんの死はとうに受け入れている。命がどんなに簡単に消えてしまうかも分かっている。母さんの悲鳴みたいに。…… だから大事にしたい」
「命が大事なのは、界の父さんや未織さんだって同じでしょ。死んだ人より生きている人の方が大事なんじゃないの。…… 界にお母さんのことを忘れろとは言わないけれど、もしお父さんが未織さんと結婚したいというなら認めるべきよ。これ前にも話したよね」
「ああ、話した。だりあに俺の言うことが通じないこともよく分かったよ」
界が苦々しげに言った。
「なに、それ。ひとが期末テストの直前の大事な時間を割いているのにそんなことを言うわけ?」
二人は浄楽寺からの帰り道一言も口をきかなかった。家の前で分かれるとき、だりあの口からから出たことばは次のとおりだった。
「期末テストは邪魔しないでね」
この記事へのコメント
芦野 信司
4月で高3になるだりあは少し焦っているんです。このまま工学部志望で行くかそれとも変更するか。経済学にも興味がある一方で鎌倉彫の職人への憧れが出てきました。だりあは欲張りなので全部やりたい。界に相談しようかな。でも、これって相談して決めるようなことではないし、そんなことを悩んでいると受験勉強に集中できないし、アー焦るよーという人。だから多少の暴言は許してください。
芦野
かがわとわ
はいっ! 別れさせないように頑張ります。
だりあは「いい子」ですよね。本当に。
(^_-)-☆
カラーピーマン
界とだりあ、別れさせないでくださいね~。
いろんな事を乗り越えて、若い二人が成長して行くのを楽しみにしています。
カラーピーマン
最後のひとこと、そう言われると確かに('◇')ゞ 売り言葉に買い言葉的な感じにも取れますよね。それに、二人の関係性にもよりますものね。私なら、「もういいわ!! 好きにすれば!!」って、もっと言っちゃいけないことを言いそうですわ。
だりあちゃんは真っすぐで行動的で、裏表がない所がいいですよね。
芦野信司
いつもコメントありがとうございます。
だりあの最後の言葉、いっちゃダメですか?私はこのぐらいいつも言われつけていると思ったので抵抗なかったのですが、変ですかね。
だりあと界は考え方が違うけれど、この程度では全然大丈夫。だりあはとっても可愛い女の子です。
かがわとわ
いつもコメントありがとうございます。
そうなんですよ~。だりあったら、界と離れて行く感じをこれまでも漂わせたことがあって、私としては、そこを意地でも食い止めたいんですよね。いいコンビだと思うので。考え方が違うふたりが、箸箱の謎にどう向かっていくか……が考えどころであります。(^▽^)
カラーピーマン
第12話 拝読いたしました。
目に見えないものをどう捉えるか、だりあと界とは違うなあ、と思いました。それと、当事者の気持ちは想像するしかなく、理屈だけでは捉えきれない、とも思いました。
最期の一言「期末テストは邪魔しないでね」。これはマズイ!
だりあちゃん、それは言っちゃだめなの。
これからの二人の関係がどうなってしまうのか、心配です。
でも、運慶の箸箱、核心に近づいて来ましたね。
次回も楽しみにしています。ありがとうございました。